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ブログ更新しました
ひさびさに自分のブログを開いてみて、時の流れを感じます。
このブログは、もともとあったブログに、その後はじめたmixi日記を移植してきたものです。
時期で言うと、2006年までの日記はほとんどがブログ。
それ以降はブログとmixi日記が混在、2007年4月からはすべてmixi日記です。
読むと辛くなるので、ブログも過去のmixi日記も封印していました。
でもブログに関しては子どもたちの成長記録も兼ねているのでどうしても削除してしまうことができませんでした。
でも何時の日か読み返すことができるかもしれないと思い、こうやって保存しておくことにしました。
過去のブログもmixi日記も、多くの方からコメントをいただいていましたが、
mixi日記はマイミクさんのみ公開としてたことから
過去のコメントはすべて非表示にさせていただきました。
また、過去、私よっしぃは「ひとみん」というハンドルネームで登場しています。
読みづらいとは思いますがご了承くださいませ。
なお、過去の日記を読むときは月別アーカイブより時期別に日記が読めます。
一つの日記の一番下までスクロールすると「ホームに戻る」という文字の横に「 》 」という記号があるのでそこをクリックすると次の日記が読めるようです。
過去日記についてはコメントは非表示としていますが、当該記事のみコメントを受けることができます。
もしこのブログに気づいた方がいらっしゃいましたら足跡がわりにコメントをいただけたらうれしいです。
ひっそりと更新です^^;
このブログは、もともとあったブログに、その後はじめたmixi日記を移植してきたものです。
時期で言うと、2006年までの日記はほとんどがブログ。
それ以降はブログとmixi日記が混在、2007年4月からはすべてmixi日記です。
読むと辛くなるので、ブログも過去のmixi日記も封印していました。
でもブログに関しては子どもたちの成長記録も兼ねているのでどうしても削除してしまうことができませんでした。
でも何時の日か読み返すことができるかもしれないと思い、こうやって保存しておくことにしました。
過去のブログもmixi日記も、多くの方からコメントをいただいていましたが、
mixi日記はマイミクさんのみ公開としてたことから
過去のコメントはすべて非表示にさせていただきました。
また、過去、私よっしぃは「ひとみん」というハンドルネームで登場しています。
読みづらいとは思いますがご了承くださいませ。
なお、過去の日記を読むときは月別アーカイブより時期別に日記が読めます。
一つの日記の一番下までスクロールすると「ホームに戻る」という文字の横に「 》 」という記号があるのでそこをクリックすると次の日記が読めるようです。
過去日記についてはコメントは非表示としていますが、当該記事のみコメントを受けることができます。
もしこのブログに気づいた方がいらっしゃいましたら足跡がわりにコメントをいただけたらうれしいです。
ひっそりと更新です^^;
三回忌が終わりました。
6月17日は亡き夫の命日でした。
そして三回忌が終わりました。
亡き夫のことと向き合い、こうやって日記に残すこと、どうしようかとかなりの葛藤と戦いました。
でも、今の私があるのは亡き夫のことがあったからこそといえます。
亡き夫のことにふたをして生きることは、現在の私を否定することに他ならないような気がして、あえて記録に残すことにしました。
亡き夫の三回忌法要は、血のつながっている実妹夫妻のみを呼び、お寺でお経をあげてもらうだけのひっそりとしたものでした。
一周忌と同じです。
亡き夫の最終的な死亡原因は「肝不全」でした。
慢性B型肝炎からの肝硬変症・門脈血栓症による肝不全、その結果の多臓器不全。
2年前の6月14日の深夜、病院から突然電話があり、「ICUに移されたのですぐに病院へ来てください」と。
その時は既に肝臓が破壊され手遅れの状態だったのだろうと思います。
亡き夫の肝臓がどうにもならないところまで来ていることがわかったのは、彼に胆石が見つかり、精密検査を受け、芋づる式に胃癌が見つかったことからでした。
幸い、胃癌はステージ1A初期の段階ではありましたが、肝臓は生検からかなり肝硬変が進んだ状態であることがわかりました。
当初は胃癌が進行していることを懸念されていたのですが、診断が進むにつれ肝臓の方が深刻だということがわかってきていました。
ドクターからは私のみが呼ばれ、
慢性化したB型肝炎から来た肝硬変がかなり進んだ状態であること、
そしてこの病気は治療法がないこと、
おそらくは初期の肝臓癌の状態であること、
肝臓が原発の癌は予後がかなり不良であること、
余命は、長くても数年単位であることが予想できること、
などを「たんたんと」告げられました。
それでも数年は生きられるのでしょう?とドクターに詰め寄り、
彼が元気に過ごせるであろう数年を予想し、
絶望感の中で、少しでも生きる希望を見いだそうとしていた矢先の突然の死でした。
胃癌のオペをするべきではなかった。と今ならわかります。
オペに耐えうる肝臓の状態ではなかったのでしょう。
でもそれなら胃癌を放置すればよかったのだろうか。
胃癌はどんどん進行していきます。見つかった段階で転移はなかったけれども、どちらにしても胃癌の治療が先か肝臓癌の治療が先かという段階に進んだに違いないと思います。
それでも化学療法(いわゆる抗ガン剤)をしなくても済む段階で胃癌の芽を摘み取っておきたかった。
結局は彼の寿命だったのでしょう。それでもオペを優先させたのは他ならない私自身でした。胃癌が足下をすくって肝臓の治療の妨げになることは嫌でした。
初期の段階で胃癌の目を摘み取りたかった。
ただそれだけでした。
胃癌のオペの後、同じオペをしたほかの患者さんが次々によくなっているそばでどんどん衰弱していく彼にどうしてあげることもできませんでした。
彼が「もう死にそうだ。」と冗談とも本気ともつかない様子で私に訴えるのを見て、一抹の不安を覚えてドクターに詰め寄ると担当ドクターは
「つらいのはわかりますが、死ぬことはありませんよ。」と苦笑して答えました。
でもその二日後、夫は悶絶の末にICUに移され、その日を境に燃え尽きるように逝ってしまいました。
彼らしく何も言わず。何も残さず。何も泣き言を言わず。。。
担当ドクターたちは最後まで私の目をまっすぐにみることはありませんでした。
私のせいだと思いました。
あのときオペを優先させなかったら、亡き夫には残された有意義な数年があったかもしれないのに。
言いたいこともやりたいこともたくさんあったはずなのに、何一つさせてあげられなかった。
今でも、映像などでオペのシーンが出てきたり、病院の生々しい様子などを見たりすると足がすくむことがあります。
いろんな場面で、いろんなことを思い出してしまう。
断片化された切り貼りされたいろんなシーンがフラッシュバックしてしまうことがある。
正直、いつまでこの思いにとらわれるのかはわかりません。
亡き夫は11歳の時、父親を同じ病気で亡くしています。
血というものはこんなにも恐ろしいものなのかと思うことがあります。
亡き夫の棺桶は、特注サイズでした。
背が大きい人でしたので、既成の棺桶にはとうてい入らず、大きいものを注文せざるを得ませんでした。
亡くなった夫が入れられた棺桶をかついだ葬儀屋の方が、
「こんな重たいの、久々にかついだぜ。」と言って周りの人を笑わせていましたが、正直、奴を刺してやりたいとさえ思いました。
どうしてそんな心ないことを遺族の前で言うんだろう。
おまえが地獄に堕ちろって心の中で叫びました。
そんな断片的な思い出だけが残っています。
変な話ですね。
そして三回忌が終わりました。
亡き夫のことと向き合い、こうやって日記に残すこと、どうしようかとかなりの葛藤と戦いました。
でも、今の私があるのは亡き夫のことがあったからこそといえます。
亡き夫のことにふたをして生きることは、現在の私を否定することに他ならないような気がして、あえて記録に残すことにしました。
亡き夫の三回忌法要は、血のつながっている実妹夫妻のみを呼び、お寺でお経をあげてもらうだけのひっそりとしたものでした。
一周忌と同じです。
亡き夫の最終的な死亡原因は「肝不全」でした。
慢性B型肝炎からの肝硬変症・門脈血栓症による肝不全、その結果の多臓器不全。
2年前の6月14日の深夜、病院から突然電話があり、「ICUに移されたのですぐに病院へ来てください」と。
その時は既に肝臓が破壊され手遅れの状態だったのだろうと思います。
亡き夫の肝臓がどうにもならないところまで来ていることがわかったのは、彼に胆石が見つかり、精密検査を受け、芋づる式に胃癌が見つかったことからでした。
幸い、胃癌はステージ1A初期の段階ではありましたが、肝臓は生検からかなり肝硬変が進んだ状態であることがわかりました。
当初は胃癌が進行していることを懸念されていたのですが、診断が進むにつれ肝臓の方が深刻だということがわかってきていました。
ドクターからは私のみが呼ばれ、
慢性化したB型肝炎から来た肝硬変がかなり進んだ状態であること、
そしてこの病気は治療法がないこと、
おそらくは初期の肝臓癌の状態であること、
肝臓が原発の癌は予後がかなり不良であること、
余命は、長くても数年単位であることが予想できること、
などを「たんたんと」告げられました。
それでも数年は生きられるのでしょう?とドクターに詰め寄り、
彼が元気に過ごせるであろう数年を予想し、
絶望感の中で、少しでも生きる希望を見いだそうとしていた矢先の突然の死でした。
胃癌のオペをするべきではなかった。と今ならわかります。
オペに耐えうる肝臓の状態ではなかったのでしょう。
でもそれなら胃癌を放置すればよかったのだろうか。
胃癌はどんどん進行していきます。見つかった段階で転移はなかったけれども、どちらにしても胃癌の治療が先か肝臓癌の治療が先かという段階に進んだに違いないと思います。
それでも化学療法(いわゆる抗ガン剤)をしなくても済む段階で胃癌の芽を摘み取っておきたかった。
結局は彼の寿命だったのでしょう。それでもオペを優先させたのは他ならない私自身でした。胃癌が足下をすくって肝臓の治療の妨げになることは嫌でした。
初期の段階で胃癌の目を摘み取りたかった。
ただそれだけでした。
胃癌のオペの後、同じオペをしたほかの患者さんが次々によくなっているそばでどんどん衰弱していく彼にどうしてあげることもできませんでした。
彼が「もう死にそうだ。」と冗談とも本気ともつかない様子で私に訴えるのを見て、一抹の不安を覚えてドクターに詰め寄ると担当ドクターは
「つらいのはわかりますが、死ぬことはありませんよ。」と苦笑して答えました。
でもその二日後、夫は悶絶の末にICUに移され、その日を境に燃え尽きるように逝ってしまいました。
彼らしく何も言わず。何も残さず。何も泣き言を言わず。。。
担当ドクターたちは最後まで私の目をまっすぐにみることはありませんでした。
私のせいだと思いました。
あのときオペを優先させなかったら、亡き夫には残された有意義な数年があったかもしれないのに。
言いたいこともやりたいこともたくさんあったはずなのに、何一つさせてあげられなかった。
今でも、映像などでオペのシーンが出てきたり、病院の生々しい様子などを見たりすると足がすくむことがあります。
いろんな場面で、いろんなことを思い出してしまう。
断片化された切り貼りされたいろんなシーンがフラッシュバックしてしまうことがある。
正直、いつまでこの思いにとらわれるのかはわかりません。
亡き夫は11歳の時、父親を同じ病気で亡くしています。
血というものはこんなにも恐ろしいものなのかと思うことがあります。
亡き夫の棺桶は、特注サイズでした。
背が大きい人でしたので、既成の棺桶にはとうてい入らず、大きいものを注文せざるを得ませんでした。
亡くなった夫が入れられた棺桶をかついだ葬儀屋の方が、
「こんな重たいの、久々にかついだぜ。」と言って周りの人を笑わせていましたが、正直、奴を刺してやりたいとさえ思いました。
どうしてそんな心ないことを遺族の前で言うんだろう。
おまえが地獄に堕ちろって心の中で叫びました。
そんな断片的な思い出だけが残っています。
変な話ですね。
- 2009-07-07
- カテゴリ : 未分類
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【旧知の皆様へお知らせ】
こんばんは、ひとみんです。
今日は大切なお話があって、旧知の皆様にだけ日記を公開してお知らせします。
ミクシィに招待していただいて2年強、皆様と楽しくお話しをさせていただいて本当に感謝しています。
皆様がご存知のとおり、この2年の間で私の生活は一変しました。
どん底まで落ち、先が全く見えない状態まで落ちていきました。
それでも歯を食いしばって、少しずつではありますが笑顔を取り戻すようがんばって生きてきました。
いろいろ考えた結果、かつてのハンドルを封印して、新しいミクシィのIDで等身大の私を見ていただきたいと思うようになりました。
もしよろしかったら、新しい私ともお付き合いしていただけないでしょうか?
そこで、ご面倒だとは思いますが、
私とこれからもおつきあいしていただける(と思う)方は、個別に私あてにメッセージを送ってください。
折り返し、マイミク申請のメッセージを送らせていただきます。
繰り返しになりますが、このお知らせは、旧知の皆様のみに公開です。
どうぞよろしくお願いいたします。
今日は大切なお話があって、旧知の皆様にだけ日記を公開してお知らせします。
ミクシィに招待していただいて2年強、皆様と楽しくお話しをさせていただいて本当に感謝しています。
皆様がご存知のとおり、この2年の間で私の生活は一変しました。
どん底まで落ち、先が全く見えない状態まで落ちていきました。
それでも歯を食いしばって、少しずつではありますが笑顔を取り戻すようがんばって生きてきました。
いろいろ考えた結果、かつてのハンドルを封印して、新しいミクシィのIDで等身大の私を見ていただきたいと思うようになりました。
もしよろしかったら、新しい私ともお付き合いしていただけないでしょうか?
そこで、ご面倒だとは思いますが、
私とこれからもおつきあいしていただける(と思う)方は、個別に私あてにメッセージを送ってください。
折り返し、マイミク申請のメッセージを送らせていただきます。
繰り返しになりますが、このお知らせは、旧知の皆様のみに公開です。
どうぞよろしくお願いいたします。
- 2008-12-17
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今年も始まりました
12月も中旬に入り、例年のように、私の仕事が忙しさを増してきました。
私の仕事は、官公庁が発注する公共事業にリンクして忙しくなります。
だいたい11月終わりくらいからなんとなくバタバタとし始めて、12月終わりから3月末くらいまでそれが続きます。
以前と比べて大きな仕事は入ってこなくなってしまっているので、おととしや去年ほどではないけれど、今週に入ってからやっぱりというか、いろんなことに忙殺されている私です
今日はこれから10時と、11時と、13時と、15時半と、17時にアポが入っています。
その合間を縫って資料作り。
そして夕方6時半から、同業者との忘年会
(まぁこれはおまけですが)
って、日記アップしている間に仕事したらいいんですけどねぇ。
さあがんばるぞ・・・
という声に元気が入らないっ。
気合だ。だぁーーーーーーーーーーー



みんな元気?
私の仕事は、官公庁が発注する公共事業にリンクして忙しくなります。
だいたい11月終わりくらいからなんとなくバタバタとし始めて、12月終わりから3月末くらいまでそれが続きます。
以前と比べて大きな仕事は入ってこなくなってしまっているので、おととしや去年ほどではないけれど、今週に入ってからやっぱりというか、いろんなことに忙殺されている私です
今日はこれから10時と、11時と、13時と、15時半と、17時にアポが入っています。
その合間を縫って資料作り。
そして夕方6時半から、同業者との忘年会
って、日記アップしている間に仕事したらいいんですけどねぇ。
さあがんばるぞ・・・
という声に元気が入らないっ。
気合だ。だぁーーーーーーーーーーー
みんな元気?
- 2008-12-12
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【最終追記:翌日深夜・・・】【追記完了】この冬お初のあんまん

本文後ほど
********************************
今日は朝から、キタムラさんにつきあって遠くまでロングドライブに行ってきました。
キタムラさんは白内障があって、雨が降ると運転がつらいのだそうです
今朝事務所に出るとキタムラさんが完全にパニック状態になっていて、急いでその場所まで行かなくちゃいけないのに小雨が降っていて、泣きそうになっていました。
仕方ない。私が運転してあげますよ。。。
ってことで、お昼を取る時間がなくなったのでコンビニでパンを買ってきて食べながら行くことに。(とほほ)
この冬お初のあんまんをいただきました。
私は、○○まん という種類だと100%あんまんを選びます。
肉まんやピザまんはあまり好きではないんですよね。なぜだろう。
おまけに「ナイススティック・シュガーマーガリン」も購入(食べる時間なかったけど)。
ナイススティック。高校生のころ、毎朝食べてました
これほんとに美味しいですよね(私だけ?)。
でも、このシュガーマーガリン味は初めてみました。いつもはピンクのラインが入ったノーマルのものを買うのですが。
思わず購入です。
12月に入って仕事が押してきました。
今日は子供をお隣さんに預けて仕事続行の予定です。
夕方おなかがすいたらナイススティックを食べようと思います。
ほんとはこんな日記を更新している時間があったら仕事済ませればいいんだけどね
********************************
で、ただいま翌日の深夜2時30分過ぎです。
昨日は結局、夜遅くまで事務所で仕事をしてました。
あぁ、12月。がんばって乗り越えていこう。キタムラとともに
- 2008-12-03
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